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大阪フィルハーモニー交響楽団 1947年朝比奈隆を中心に「関西交響楽団」という名称で生まれ、50年社団法人化、60年には改組、現在の名称になった。創立から2001年までの55年間朝比奈隆が指揮者を務め、大阪フィルは個性と魅力溢れるオーケストラとして親しまれてきた。 2003年4月、大植英次が音楽監督に就任、大阪フィルには世界的な注目が集まっている。またこれまでに、遠山信二、外山雄三、若杉弘、秋山和慶、手塚幸紀、大友直人等、名指揮者達と専属契約を結んだほか、内外の一流音楽家と共演してきた。 「定期演奏会」は2003年度よりザ・シンフォニーホールに会場を移し、毎回2公演、年20公演開催している。大阪以外の全国各地域の文化振興にも貢献している。 数回にわたるヨーロッパ、北米、韓国、台湾での演奏旅行では各地で絶賛を博した。レコーディング活動も活発に行っており、日本で一番多くレコード、CDを発表しているオーケストラである。 |
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音楽監督 大植英次 |
| 2003年より朝比奈隆の後任として大阪フィルハーモニー交響楽団音楽監督に就任、世界的な期待と注目を集めている。また、1998年よりハノーファー北ドイツ放送フィルハーモニーの首席指揮者に就任、ヨーロッパ各地と南米で演奏旅行を行い、高い評価を得た。2000年からはハノーファー音楽大学の終身正教授も務めている。2006年9月よりバルセロナ交響楽団の常任指揮者兼アーティスティックアドヴァイザーに就任することが決まっている。 | |
| 広島生まれ。桐朋学園で斎藤秀雄に指揮法を師事。1978年アメリカに渡り、小澤征爾の招きでタングルウッド・ミュージック・センターに学び、同年ニューイングランド音楽院指揮科に入学。タングルウッドでレナード・バーンスタインに出会い、以後世界各地の公演に同行、助手を務めた。ほか、ラリー・リヴィングストン、クラウディオ・アバード、コリン・デイヴィス、クルト・マズアに師事。 | |
| バッファロー・フィル準指揮者を経て、1991年から95年までエリー・フィルの音楽監督を務め、同団の実力を飛躍的に向上させる一方、活発な地域活動を行い全米で評価された。1995年から2002年まで名門ミネソタ管の第9代音楽監督を務め、世界各地へのツアー、CD録音などで、世界中の脚光を浴びるようになった。1997年から今年まで、アメリカ、ワイオミング州で毎年夏に行われるグランド・ティートン音楽祭で音楽監督を務め、同音楽祭管弦楽団を世界的水準にまで高めた。 | |
| 客演指揮は、ニューヨーク・フィル、シカゴ響、フィラデルフィア管、ドイツ各地の放送交響楽団、ミュンヘン・フィル、ベルリン・ドイツ響、ロンドン響、オスロ・フィルなど欧米の主要オーケストラで行い、絶賛を博している。2005年、新演出の「トリスタンとイゾルデ」で日本人指揮者として初めてバイロイト音楽祭で指揮し、世界中の注目を集めた。 | |
| また2006年4月には大阪城にて野外コンサートを行い約1万人の聴衆を動員、9月には 「大阪クラシック」をプロデュース、1週間にわたって大阪御堂筋沿いの店舗やショールームなどで計50公演を行い、約2万2千人を動員し大成功を収めた。 | |
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(2006年9月現在) |